人類史上最大の帝国を築き上げたチンギス・ハーンにまつわる話

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チンギス・ハーン(1155年から1162年頃~1227年)といえば、モンゴル帝国の初代皇帝で一代で人類史上最大規模の帝国を築き、モンゴルでは英雄としていまだに多大な尊敬を集める人物です。ただ、彼の生涯にはわからない部分も多く、そのためさまざまな伝説が生まれています。今回は、そんなチンギス・ハーンにまつわる興味深い話を紹介しましょう。

現代にも受け継がれるチンギス・ハーンの遺伝子

イギリス・レスター大学の調査によると、被験者のアジア人男性5300人のY染色体を調べたところ、そのうち2000人以上が過去に生きた11人の男性の子孫であることがわかったそうです。統計学的に考えると、現在のアジア人のうち約8億3000万人が、この11人の子孫だということになります。その11人のうちの1人がチンギス・ハーンです。このことから、計算上、現在の地球上にチンギス・ハーンの子孫は1600万人以上いることになります。チンギス・ハーンには、皇帝として多くの妻や愛人がいて、実子だけでも100人以上いたそうです。その子どもたちも父親と同じく大きな権力を持っていたことから、さらにその遺伝子は拡散されていったのでしょう。ひょっとしたらあなたの近くの人も、チンギス・ハーンの子孫なのかもしれません。

源義経がチンギス・ハーンになったのか

古くから、チンギス・ハーンと源義経を同一人物とする説があります。義経といえば、兄の源頼朝に追われ自害したとされていますが、実は死んだのは替え玉で義経本人は死んでおらず、蝦夷から大陸に渡り、チンギス・ハーンとして大帝国を築いたという伝説です。チンギス・ハーンは生年がよくわかっておらず、前半生の資料もあまり残っていません。モンゴル中央平原に急に現れて帝国を建設したようにも見え、それが義経の死の時期とも近いことから、彼が大陸に渡ってチンギス・ハーンになったのではないかと考えられるようになったのです。また、チンギス・ハーンは当時のモンゴルの一般的な弓である短弓ではなく、日本の長弓を使っていたと言われており、さらには、義経の仮名の「九郎」と響きのよく似た「クロー」という愛称を持っていました。ちなみに、義経には生前モンゴルの知識があったと言われており、さらには、ふたりとも酒を嗜まなかったことも知られています。このように、不思議と共通点の多いことから、両者が同一視されるようになっていったのです。今では都市伝説の類であり史実ではないとされていますが、ウソと証明できる確実な資料が残っていないことから、絶対にないとも否定しきれません。

チンギス・ハーンの 動画 まとめ

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